『チェリビダッケ、ベルリン・フィルへの帰還』(日本語字幕付き)

『チェリビダッケ、ベルリン・フィルへの帰還』(日本語字幕付き)

監督:ヴォルフガング・ベッカー (1992)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

54分

セルジゥ・チェリビダッケは、戦後直後の1946年、当時ナチス・ドイツへの協力により演奏活動停止処分を受けていたフルトヴェングラーの代理として、ベルリン・フィルの事実上の首席指揮者となりました。当時彼は学生でしたが、カリスマ的な才能を発揮。フルトヴェングラーが戻るまでの6年間にわたって、ベルリン・フィルと実り多い成果を残しました。

1992年3月31日と4月1日、チェリビダッケは1954年以来38年ぶりにベルリン・フィルを指揮しました。これは、当時のドイツ大統領が主催したチャリティ演奏会の枠で、いわば特別待遇。チェリビダッケは、カラヤンがベルリン・フィルの首席指揮者に選ばれて以来、オーケストラに背を向けてきましたが、大統領の仲介により、「和解」の機会が組まれたわけです。しかし実際には、チェリビダッケはこのコンサートでベルリン・フィルと確執を起こし、結果的に再共演はありませんでした。今回アップされるのは、この伝説的演奏会の映像と、リハーサルの模様を収めたドキュメンタリーです。

演奏は、正味86分を越える長大なもので、チェリビダッケの「第7」としても、特に雄大なものに数えられます。しかしそれ以上に興味深いのは、リハーサル(ドキュメンタリー)でしょう。ここでは、なぜこの機会が必ずしも「和解」に至らなかったのかが、明らかにされています。

チェリビダッケはベルリン・フィルに対し、「ブルックナーが分かっていない」と同断。つまり、「カラヤンのもとでブルックナーを演奏してきたベルリン・フィルは、ダメだ」という高圧的な姿勢で、リハーサルに臨んだのです。この挙動に、ベルリン・フィル団員は態度を硬化。険悪な空気が広がるなか、リハが進んでゆきます。その合間には、戦後直後のチェリビダッケを知り、彼に心服する古参団員たちの弁護が挟まれ、実にスリリングな内容となっています。

一方、彼の厳しい指示は、思わず膝を打ってしまう含蓄に富んだもの。チェリの指揮芸術のあり方が、深く実感されます。全体として、カラヤンへのルサンチマンを抱えるチェリが、ベルリン・フィルを相手に「計算を誤った」ことを生々しく伝える、歴史的映像です(ドキュメンタリーは日本語字幕付き)。

© 1992 EuroArts Music International